結婚は鍋である
どんな鍋かとは問わないでほしい
べつに結婚は帚である
といってもかわりはないのだから
もし私がかさにかかって
結婚は枕である タンスである 餅網である
と言いつのってもそれは
結婚は物にまぎれて救われるという
一面の真理を言うにすぎない
結婚は愛である
どんな愛かは棚に上げておいてほしい
べつに結婚は愛ではない
と言っても嘘にはならないのだから
もし私がしたり顔で
結婚は信頼である 忍耐である 寛容である
と並べたててもそれは
結婚は感情のプロレスやさかいという
一面の真理を言うにすぎない
結婚はハンコである
どんなハンコかは当人たちにおまかせする
べつに結婚は紙切れである
といってもかまわないのだから
もし私が苦虫かみつぶして
結婚は制度である 秩序である 永遠である
と説教したところでそれは
結婚はゆびきりげんまんの一種なりという
一面の真理を言うにすぎない
ところでここだけの話だが実は
結婚とはせま苦しいベッドで夢うつつに
毛布を奪いあうこと以上でも以下でもない
そのことの有難さを身にしみて知るには
一年では足りない 十年でも足りない
ともあれ一人の男と一人の女が
ブラック・ホールにもはまりこまずに
顔つきあわせて、茶漬けなどかっこむ図は
この世とあの世を結ぶマンダラの
欠くことのできぬ細部であると
そう申し上げることに私はやぶさかではない
<谷川俊太郎『詩を贈ろうとすることは』 創美社 より>