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「儀式」石垣りん


母親は

白い割烹着の紐をうしろで結び

板敷の台所におりて

流しの前に娘を連れてゆくがいい。


洗い桶に

木の香のする新しいまないたを渡し

鰹でも

鯛でも

鰈でも

よい。


丸ごと一匹の姿をのせ

よく研いだ庖丁をしっかり握りしめて

力を手もとに集め

頭をブスリと落すことから

教えなければならない。


その骨の手応えを

血のぬめりを

成長した女に伝えるのが母の役目だ。

パッケージされた肉の片々(へんぺん)を材料と呼び

料理は愛情です、

などとやさしく諭すまえに。

長い間

私たちがどうやって生きてきたか。

どうやってこれから生きてゆくか。





「表札」石垣りん


自分の住むところには
自分で表札を出すにかぎる。

自分の寝泊まりする場所に
他人がかけてくれる表札は
いつもろくなことはない。

病院へ入院したら
病室の名札には石垣りん様と
様が付いた。

旅館に泊まっても
部屋の外に名前は出ないが
やがて焼き場の鑵にはいると
とじた扉の上に
石垣りん殿と札が下がるだろう
そのとき私がこばめるか?

様も
殿も
付いてはいけない、

自分の住む所には
自分の手で表札をかけるに限る。

精神の在り場所も
ハタから表札をかけられてはならない 
石垣りん
それでよい。