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「夕焼け」吉野弘


いつものことだが
電車は満員だった。

そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。

うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。

そそくさととしよりがすわった。
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
娘はすわった。

別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。

しかし
また立って
席を
そのとしよりにゆずった。
としよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘はすわった。

二度あることは と言うとおり
別のとしよりが娘の前に
押し出された。

かわいそうに
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。

次の駅も
次の駅も
下唇をキュッとかんで
からだをこわばらせて――。

ぼくは電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行ったろう。

やさしい心の持ち主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。

なぜって
やさしい心の持ち主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから。

やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。

下唇をかんで
つらい気持ちで
美しい夕焼けも見ないで。





「ほぐす」 吉野弘



小包みの紐の結び目をほぐしながら
おもってみる
― 結ぶときより、ほぐすとき
すこしの辛抱が要るようだと

人と人との愛欲の
日々に連ねる熱い結び目も
冷めてからあと、ほぐさねばならないとき
多くのつらい時を費やすように

紐であれ、愛欲であれ、結ぶときは
「結ぶ」とも気づかぬのではないか
ほぐすときになって、はじめて
結んだことに気付くのではないか

だから、別れる二人は、それぞれに
記憶の中の、入りくんだ縺れに手を当て
結び目のどれもが思いのほか固いのを
涙もなしに、なつかしむのではないか

互いのきづなを
あとで断つことになろうなどとは
万に一つも考えていなかった日の幸福の結び目
― その確かな証拠を見つけでもしたように

小包みの紐の結び目って
どうしてこうも固いんだろう、などと
呟きながらほぐした日もあったのを
寒々と、思い出したりして




「祝婚歌」吉野弘



二人が睦まじくいるためには

愚かでいるほうがいい

立派すぎないほうがいい

立派すぎることは

長持ちしないことだと気付いているほうがいい

完璧をめざさないほうがいい

完璧なんて不自然なことだと

うそぶいているほうがいい

二人のうちどちらかが

ふざけているほうがいい

ずっこけているほうがいい

互いに非難することがあっても

非難できる資格が自分にあったかどうか

あとで疑わしくなるほうがいい

正しいことを言うときは

少しひかえめにするほうがいい

正しいことを言うときは

相手を傷つけやすいものだと

気付いているほうがいい

立派でありたいとか

正しくありたいとかいう

無理な緊張には

色目を使わず

ゆったりゆたかに

光を浴びているほうがいい

健康で風に吹かれながら

生きていることのなつかしさに

ふと胸が熱くなる

そんな日があってもいい

そして

なぜ胸が熱くなるのか

黙っていても

二人にはわかるのであってほしい