「このたたかいがなかったら」覚和歌子


このたたかいがなかったら
子どもは物売りに出かけずにすんだ
毎日欠かさず学校へ通えた

けれどこのたたかいがなかったら
家族を残してやってきた異国の兵士と
友だちになることはできなかった

このたたかいがなかったら
恋人たちははなればなれにならなかった
さびしさで胸をかきむしることもなかった

このたたかいがなかったら
今ごろつつましい結婚式をあげていた

けれどこのたたかいがなかったら
いのちとひきかえに深まる愛を
知らないままで老いたかもしれない

このたたかいがなかったら
町一番の食堂もこわされなかった

ひとのにぎわいも続いていて
働き口にもこまらなかった

けれどこのたたかいがなかったら
世界はこの国をかえりみなかった
国の名前さえ思い出さなかった

このたたかいがなかったら
死ななくてすむ子どもがいた
死ななくてすむ親がいた
そしてこのたたかいがなかったら
私はここに来なかった

混乱のまっただなかにも
子どものはじける笑顔があることと
それに救われるかなしみがあることを
たぶん死ぬまで知らずにいた