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「詩の好きな人もいる」ヴィスワヴァ・シンボルスカ(Wisława Szymborska)


何人かの人々が――
つまりすべてではない
大多数ではなく少数の人々
詩を必須科目の一つとして学ばなくてはならない学生時代は別として
詩人もまた数には入れられないのだが
詩を好きだというのは 多分千人に二人位のもの

詩を好きな人々――
しかしマカロニ入りの鶏がらスープだって好きだろうし
お世辞をいったりいわれたり ありふれたブルーの色も好き
使いふるしたマフラーも
自己主張が強かったり
犬を撫でるのなんかも好きだ

詩とは――
ただ詩とは何なのか
この問いに対し
すでに多くの納得のいかない答がなされてきた
だが、私は依然として解答を出すことができず
それが救いの手すりででもあるかのように
ずっと握りしめている





「終わりと始まり」 ヴィスワヴァ・シンボルスカ(Wisława Szymborska)




戦争が終わるたびに
誰かが後片付けをしなければならない
何といっても、ひとりでに物事が
それなりに片づいてくれるわけではないのだから

誰かが瓦礫を道端に
押しやらなければならない
死体をいっぱい積んだ
荷車が通れるように

誰かがはまりこんで苦労しなければ
泥と灰の中に
長椅子のスプリングに
ガラスのかけらに
血まみれのぼろ布の中に

誰かが梁を運んで来なければならない
壁を支えるために
誰かが窓にガラスをはめ
ドアを戸口に据えつけなければ

それは写真うつりのいいものではないし
何年もの歳月が必要だ
カメラはすべてもう
別の戦争に出払っている

橋を作り直し
駅を新たに建てなければ
袖はまくりあげられて
ずたずたになるだろう

誰かがほうきを持ったまま
いまだに昔のことを思い出す
誰かがもぎ取らなかった首を振り
うなずきながら聞いている
しかし、すぐそばではもう
退屈した人たちが
そわそわし始めるだろう

誰かがときにはさらに
木の根元から
錆ついた論拠を掘り出し
ごみの山に運んでいくだろう

それがどういうことだったのか
知っている人たちは
少ししか知らない人たちに
場所を譲らなければならない そして
少しよりもっと少ししか知らない人たちに
最後はほとんど何も知らない人たちに

原因と結果を
覆って茂る草むらに
誰かが横たわり
穂を噛みながら
雲に見とれなければならない





「なんという幸せ」 ヴィスワヴァ・シンボルスカ(Wisława Szymborska)


なんという幸せ
自分がどんな世界に生きているか
知らないでいられるのは

人はとても長く
生きなければならないだろう
世界そのものよりも
断固としてずっと長く

せめて比較のためにでも
他の世界を知らなくては

人をしばり、厄介なことを
生み出す以外には
何も上手にできない
肉体の上に飛び上がる必要がある

研究のために
図柄の明快さのために
そして最終的な結論のために
時間の上に舞いあがること
この世のすべてを疾駆させ、渦巻かせる時間の上空に

この見晴らしから
些細なものたちに、ちょっとした挿話たちに
永久の別れを言おう

ここからならば、一週間の日数を数えるなんて
無意味な行為に
見えるにちがいない

手紙を郵便ポストに入れるのは
愚かな青春のいたずらに見えるし

「芝生を踏むべからず」の注意書きは
狂った注意書きに見えるはず