ラベル 谷川俊太郎 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 谷川俊太郎 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

「闇は光の母」谷川俊太郎

 闇は光の母 / 谷川俊太郎


闇がなければ光はなかった
闇は光の母      

光がなければ眼はなかった
眼は光の子ども

眼に見えるものが隠している
眼に見えぬもの

人間は母の胎内の闇から生まれ
ふるさとの闇へと帰ってゆく

つかの間の光によって
世界の限りない美しさを知り

こころとからだにひそむ宇宙を
眼が休む夜に夢見る

いつ始まったのか私たちは
誰が始めたのかすべてを

その謎に迫ろうとして眼は
見えぬものを見るすべを探る

ダークマター
眼に見えず耳に聞こえず

しかもずっしりと伝わってくる
重々しい気配のようなもの

そこから今もなお
生まれ続けているものがある

闇は無ではない
闇は私たちを愛している

光を孕み光を育む闇の
その愛を恐れてはならない

「朝のリレー」谷川俊太郎

カムチャツカの若者が
きりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている
ニューヨークの少女が
ほほえみながら寝がえりをうつとき
ローマの少年は
柱頭を染める朝陽にウインクする
この地球では
いつもどこかで朝がはじまっている

ぼくらは朝をリレーするのだ
経度から経度へと
そうしていわば交替で地球を守る
眠る前のひととき耳をすますと
どこか遠くで目覚時計のベルが鳴ってる
それはあなたの送った朝を
誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ

「いつ立ち去ってもいい場所」谷川俊太郎

いつ立ち去ってもいい場所
谷川俊太郎



何をしに来たのかもはっきりせずにぼくはここへやって来て

見様見真似でいつの間にか大人になった

掛け値なしに好きでたまらないものももちろんあるけれど

それは風のように一刻もここにとどまっていない


電気スタンドのスイッチを直していて思ったことがある

ぼくをここに結びつけているものはこのスイッチひとつで十分だと

人間の作り出した小さな物が正常に動くこと

それがぼくにとっては何にも変えられない喜びだ


金属や木や硝子で作られたものは明瞭な輪郭をもっているが

人のうちに隠れているあの図りがたい何かにはどんな輪郭もない

だがそれは途方もない力でぼくをここに閉じこめ

同時にどこかへ追放しようとする


もみくちゃにされながらぼくは驚く

人の手で作られた小さな物が泰然としてここにあることに

それがそんなにもはっきりした目的を持っていることに

ここがいつ立ち去ってもいい場所のように思えることがある





「さようなら」 谷川俊太郎



さようなら


ぼくもういかなきゃなんない

すぐいかなきゃなんない

どこへいくのかわからないけど

さくらなみきのしたをとおって

おおどおりをしんごうでわたって

いつもながめてるやまをめじるしに

ひとりでいかなきゃなんない

どうしてなのかしらないけど

おかあさんごめんなさい

おとうさんにやさしくしてあげて

ぼくすききらいいわずになんでもたべる

ほんもいまよりたくさんよむとおもう

よるになったらほしをみる

ひるはいろんなひととはなしをする

そしてきっといちばんすきなものをみつける

みつけたらたいせつにしてしぬまでいきる

だからとおくにいてもさびしくないよ

ぼくもういかなきゃなんない

「なんでもおまんこ」 谷川俊太郎


なんでもおまんこなんだよ

あっちに見えてるうぶ毛の生えた丘だってそうだよ

やれたらやりてえんだよ

おれ空に背がとどくほどでっかくなれねえかな

すっぱだかの巨人だよ

でもそうなったら空とやっちゃうかもしれねえな

空だって色っぽいよお

晴れてたって曇ってたってぞくぞくするぜ

空なんか抱いたらおれすぐいっちゃうよ

どうにかしてくれよ

そこに咲いてるその花とだってやりてえよ

形があれに似てるなんてそんなせこい話じゃねえよ

花ん中へ入っていきたくってしょうがねえよ

あれだけ入れるんじゃねえよお

ちっこくなってからだごとぐりぐり入っていくんだよお

どこ行くと思う?

わかるはずねえだろそんなこと

蜂がうらやましいよお

ああたまんねえ

風が吹いてくるよお

風とはもうやってるも同然だよ

頼みもしないのにさわってくるんだ

そよそよそよそようまいんだよさわりかたが

女なんかめじゃねえよお

ああ毛が立っちゃう

どうしてくれるんだよお

おれのからだ

おれの気持ち

溶けてなくなっちゃいそうだよ

おれ地面掘るよ

土の匂いだよ

水もじゅくじゅく湧いてくるよ

おれに土かけてくれよお

草も葉っぱも虫もいっしょくたによお

でもこれじゃまるで死んだみたいだなあ

笑っちゃうよ

おれ死にてえのかなあ





「金銭考」谷川俊太郎



1メートルは無色透明

1グラムだって清らかな白


でも1エンとなるとそうはいかない


数字が色めき色気付き

世界中を飛び回る


軽い小さい丸いアルミは何の種?


集まって

貪欲の根無し草をはびこらせる

だが貨幣はもはや

財布の中に住んではいない


見えない電子の網と化して

地球をまるごと捕まえる

ことお金に関してだけは

人類は皆兄弟


麻薬の売り買い武器の売り買い

賭博に贈賄収賄と

ユーロもドルも元もウォンも

喧嘩しながら仲良しだ


点滅する数字信じて

膨らみ続ける欲望信じて

千円札の定価は千円

だが原価はもちろんはるかに安い


千円札も万札も

ときには偉い人の顔に泥を塗るが

ときにはタダで手放して

お金を気持ちに変えたりもする


良かれ悪しかれお金は自分

お金はまるで人間そのもの





「シャガールと木の葉」谷川俊太郎


貯金はたいて買ったシャガールのリトの横に
道で拾ったクヌギの葉を並べてみた

値段があるものと
値段をつけられぬもの

ヒトの心と手が生み出したものと
自然が生み出したもの

シャガールは美しい
クヌギの葉も美しい

立ち上がり紅茶をいれる
テーブルに落ちるやわらかな午後の日差し

シャガールを見つめていると
あのひととの日々がよみがえる

クヌギの葉を見つめると
この繊細さを創ったものを思う

一枚の本の葉とシャガール
どちらもかけがえのない大切なもの

流れていたラヴェルのピアノの音がたかまる
今日が永遠とひとつになる

窓のむこうの青空にこころとからだが溶けていく
……この涙はどこからきたのだろう





「夜のミッキーマウス」谷川俊太郎



夜のミッキー・マウスは

昼間より難解だ

むしろおずおずとトーストをかじり

地下の水路を散策する


けれどいつの日か

彼もこの世の見せる

陽気なほほえみから逃れて

真実の鼠に戻るだろう


それが苦しいことか

喜ばしいことか

知るすべはない

彼はしぶしぶ出発する


理想のエダムチーズの幻影に惑わされ

四丁目から南大通りへ

やがてはホーチーミン市の路地へと

子孫をふりまきながら歩いて行き


ついには不死のイメージを獲得する

その原型はすでに

古今東西の猫の網膜に

3Dで圧縮記録されていたのだが







「子どもと本」谷川俊太郎



子どもよ
物語の細道をひとりでたどるがいい
画かれた山々を目で登りつめ
洞穴の奥の竜の叫びに耳をすますがいい

子どもよ
本の騎士と戦いの本の王女に恋するがいい
煮えたぎる比喩の大鍋の中の
昨日にひそむ今日をむさぼり食うがいい

子どもよ
意味の森で迷子になるがいい
修辞の花々に飾られた小屋に逃げ込み
魔女に姿を変えた母親に出会うがいい

そして子どもよ
なんどでも本を破り捨てるがいい
言葉の宇宙を言葉のたてまで旅して
ふたたび風船ガムをふくらますがいい


「ここ」 谷川俊太郎



どっかに行こうと私が言う

どこ行こうかとあなたが言う

ここもいいなと私が言う

ここでもいいねとあなたが言う

言ってるうちに日が暮れて

ここがどこかになっていく





「多面的真理に関するテーブルポエム」 谷川俊太郎



結婚は鍋である
どんな鍋かとは問わないでほしい
べつに結婚は帚である
といってもかわりはないのだから
もし私がかさにかかって
結婚は枕である タンスである 餅網である
と言いつのってもそれは
結婚は物にまぎれて救われるという
一面の真理を言うにすぎない

結婚は愛である
どんな愛かは棚に上げておいてほしい
べつに結婚は愛ではない
と言っても嘘にはならないのだから
もし私がしたり顔で
結婚は信頼である 忍耐である 寛容である
と並べたててもそれは
結婚は感情のプロレスやさかいという
一面の真理を言うにすぎない

結婚はハンコである
どんなハンコかは当人たちにおまかせする
べつに結婚は紙切れである
といってもかまわないのだから
もし私が苦虫かみつぶして
結婚は制度である 秩序である 永遠である
と説教したところでそれは
結婚はゆびきりげんまんの一種なりという
一面の真理を言うにすぎない

ところでここだけの話だが実は
結婚とはせま苦しいベッドで夢うつつに
毛布を奪いあうこと以上でも以下でもない
そのことの有難さを身にしみて知るには
一年では足りない 十年でも足りない
ともあれ一人の男と一人の女が
ブラック・ホールにもはまりこまずに
顔つきあわせて、茶漬けなどかっこむ図は
この世とあの世を結ぶマンダラの
欠くことのできぬ細部であると
そう申し上げることに私はやぶさかではない


<谷川俊太郎『詩を贈ろうとすることは』 創美社 より>