「春宵感懐」 中原中也

雨が、あがつて、風が吹く。

   雲が、流れる、月かくす。

みなさん、今夜は、春の宵。

   なまあつたかい、風が吹く。


なんだか、深い、溜息が、

   なんだかはるかな、幻想が、

湧くけど、それは、掴(つか)めない。

   誰にも、それは、語れない。


誰にも、それは、語れない

   ことだけれども、それこそが、

いのちだらうぢやないですか、

   けれども、それは、示(あ)かせない……


かくて、人間、ひとりびとり、

   こころで感じて、顔見合せれば

につこり笑ふといふほどの

   ことして、一生、過ぎるんですねえ


雨が、あがつて、風が吹く。

   雲が、流れる、月かくす。

みなさん、今夜は、春の宵。

   なまあつたかい、風が吹く。






「さようなら」 谷川俊太郎



さようなら


ぼくもういかなきゃなんない

すぐいかなきゃなんない

どこへいくのかわからないけど

さくらなみきのしたをとおって

おおどおりをしんごうでわたって

いつもながめてるやまをめじるしに

ひとりでいかなきゃなんない

どうしてなのかしらないけど

おかあさんごめんなさい

おとうさんにやさしくしてあげて

ぼくすききらいいわずになんでもたべる

ほんもいまよりたくさんよむとおもう

よるになったらほしをみる

ひるはいろんなひととはなしをする

そしてきっといちばんすきなものをみつける

みつけたらたいせつにしてしぬまでいきる

だからとおくにいてもさびしくないよ

ぼくもういかなきゃなんない