「夕焼け」吉野弘
いつものことだが
電車は満員だった。
そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。
うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。
そそくさととしよりがすわった。
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
娘はすわった。
別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。
しかし
また立って
席を
そのとしよりにゆずった。
としよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘はすわった。
二度あることは と言うとおり
別のとしよりが娘の前に
押し出された。
かわいそうに
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。
次の駅も
次の駅も
下唇をキュッとかんで
からだをこわばらせて――。
ぼくは電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行ったろう。
やさしい心の持ち主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。
なぜって
やさしい心の持ち主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから。
やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。
下唇をかんで
つらい気持ちで
美しい夕焼けも見ないで。
「金銭考」谷川俊太郎
1メートルは無色透明
1グラムだって清らかな白
でも1エンとなるとそうはいかない
数字が色めき色気付き
世界中を飛び回る
軽い小さい丸いアルミは何の種?
集まって
貪欲の根無し草をはびこらせる
だが貨幣はもはや
財布の中に住んではいない
見えない電子の網と化して
地球をまるごと捕まえる
ことお金に関してだけは
人類は皆兄弟
麻薬の売り買い武器の売り買い
賭博に贈賄収賄と
ユーロもドルも元もウォンも
喧嘩しながら仲良しだ
点滅する数字信じて
膨らみ続ける欲望信じて
千円札の定価は千円
だが原価はもちろんはるかに安い
千円札も万札も
ときには偉い人の顔に泥を塗るが
ときにはタダで手放して
お金を気持ちに変えたりもする
良かれ悪しかれお金は自分
お金はまるで人間そのもの
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