「夜のミッキーマウス」谷川俊太郎



夜のミッキー・マウスは

昼間より難解だ

むしろおずおずとトーストをかじり

地下の水路を散策する


けれどいつの日か

彼もこの世の見せる

陽気なほほえみから逃れて

真実の鼠に戻るだろう


それが苦しいことか

喜ばしいことか

知るすべはない

彼はしぶしぶ出発する


理想のエダムチーズの幻影に惑わされ

四丁目から南大通りへ

やがてはホーチーミン市の路地へと

子孫をふりまきながら歩いて行き


ついには不死のイメージを獲得する

その原型はすでに

古今東西の猫の網膜に

3Dで圧縮記録されていたのだが







「朝の食事」ジャック・プレヴェール(Jacques Prévert)



茶碗に

コーヒーをついだ

茶碗のコーヒーに

ミルクをいれた

ミルク・コーヒーに

砂糖をいれた

小さなスプンで

かきまわした

ミルク・コーヒーを飲んだ

それから茶碗をおいた

私にはなんにも言わなかった

タバコに

火をつけた

けむりで

環をつくった

灰皿に

灰をおとした

私にはなんにも言わなかった

私の方を見なかった

立ちあがった

帽子をあたまに

かぶった

雨ふりだったから

レインコートを

身につけた

それから雨のなかを

出かけていった

なんにも言わなかった

私の方を見なかった

それから私は

私はあたまをかかえた

それから泣いた。