「くじら釣り」ジャック・プレヴェール(Jacques Prévert)



くじらを釣りに、くじらを釣りに、

けわしい声で 親父が言った、

箪笥の前にねそべった息子のプロスペルに、

くじらを釣りに、くじらを釣りに、

お前、行きたくないのかい、

どうしてさ、

どうして けものを 釣りに行くのさ、

ぼくにわるさをしないけものを、

パパ行きなさい、パパひとりで行きなさい、

ぼく 家にいる かわいそうな母さんと、

いとこの ガストンと。

するとおやじはくじら舟で ひとりぼっちで出かけて行った、

荒れくるう海の上・・・

ほら 今 おやじは海の上、

ほら 今 息子は家のなか、

ほら 今 くじらが怒りだした、

ほら 今 ガストン お皿をひっくり返した、

お皿のなかのスープをこぼした。

海は大荒れ

スープはすてき、

プロスペル 椅子にこしかけ くよくよと、

くじらを釣りに、ぼく行かなかった、

どうして 釣りに 行かなかったのさ

ほんとにくじらをつかまえたら、

ぼくはくじらを食べちゃうのに、

するとそのとき、扉があいて、全身ずぶぬれ、

息を切らしたおやじの姿、

ひっかついでたくじらを

テーブルに投げ出した、きれいなくじら、青い目の、

ほんとにきれいなけだもので、

みじめな声で おやじが言った、

はやくはやく、切っとくれ、

腹へった、喉かわいた、食べたいよ。

そこでプロスペル立ち上がり、

おやじの 青い色の目を、

しろめをむいてにらみつけ、

どうして ぼくはわるさをしない かわいそうな けものを切るのさ。

ぼくはいやだよ、やめたっと、

そして ナイフを 床に投げ捨てると、

くじらはそれをひっつかみ、おやじ目がけてとびかかり、

おやじのからだにずぶりと突き刺す。

ああら、ああら、とガストンがいう、

まるでちょうちょ、ちょうちょの標本みたい、

こうして

プロスペルは死亡通知を出し、

母親はあわれな夫を悼んで喪服を着る、

くじらは涙をいっぱいうかべ、悲歎にくれた一家をながめ、

いきなり叫ぶ、

どうしてぼくは殺したんだ、こんなかわいそうな男、

今度はほかの人間が、発動機船でぼくを追っかけ、

ぼくの一家はみなごろしだ、

それから、ぞっとする声で わらって、

くじらは 出て行きしなに

未亡人に、

奥さん、だれかが ぼくを 殺しにきたら、

お願いです こう言って下さい、

くじらは出て行きましたよ、

おすわりなさい、

お待ちなさい、

あと十五年、そしたらきっと帰ってきます・・・