「東京羊羹」ねじめ正一
ブ男。ブ男の私はブ男だからブ男だ。背が高くてがっちりしているブ男は大男のブ男だが、ブ男の私は背の高さはふつうの高さのブ男だからブ男の中では中途半端なブ男だ。大男のブ男は異様である。異様なブ男だから畏怖される。畏怖されるブ男だから目を背けられる。しかし中途半端なブ男は畏怖もされず目も背けられず、観察力発揮する他人の眼差しの反射を受けて内省的なブ男の深みにはまっていく。私はブ男だ。ブ男の深みにはまったブ男だ。しかし私はブ男に安住するブ男ではない。その証拠にブ男の私はいつも東京羊羹を書類カバンに入れている。東京羊羹には小豆と砂糖と混じりあうと繊維質のマニアを誇張する黒丹母と呼ばれるタラコ唇直す成分が含まれているし、豚並みの鼻の穴を少しでも小さくできるフレオコビンと称する成分も含まれているし、ブ男の妬み、嫉み、自己顕示欲をやわらげるクノプソンと呼ばれる精神を安定させる成分も含まれているので、タバコが吸いたくなったら東京羊羹を食べる。コーヒーを飲みたくなったら東京羊羹を食べる。食事がわりに東京羊羹を食べる。食後のデザートに東京羊羹を食べる。三時のおやつに東京羊羹を食べる。酒の肴に東京羊羹を食べる。オナニーする前に東京羊羹を食べる。オナニーのあとにも東京羊羹を食べる。寝る前に東京羊羹を食べる。寝ながら東京羊羹を食べる。寝起きに東京羊羹を食べる。合計すると一日六本は食べる。多い日は一日に八本半食べる。医学博士・赤坂病院長・牛山正大先生の研究論文「タラコ唇治療における東京羊羹の臨床効果ならびにその副作用について」によると、タラコ度5(重度)のタラコ唇と認知される十六~四十五才のブ男二十四名に東京羊羹一日五百グラムを投与した結果、二年間連続投与によってタラコ度0に改善された例1、同1、同3が8、同4が7、変化なしが6例であったという。医学博士田所倫太郎先生の昭和十三年に発表された「鼻の穴とナチズム」という恐るべき論文の真ん中あたりにブ男の鼻治療である東京羊羹についてちょっと載っているだけで、それ以後誰にも研究されていない。ブ男の妬み、嫉み、自己顕示欲についてはアメリカフェミニズムの研究者であるオルカ・ベェテイ女史が一九八二年に「驚くべき東京羊羹」という論文を書いているが、封建的な日本男性を罵るあまりに東京羊羹に対する突っ込みが足りなくてブ男の研究としてはまだ成果があらわれるには至っていない。しかしブ男の私は東京羊羹を信じる。まだ東京羊羹の食べる量が少ないのかもしれない。効果があらわれにくいブ男の体質なのかもしれない。タラコ唇。豚並みの鼻。妬み。嫉み。自己顕示欲。だから私は東京羊羹の製造元に注文をして、毎月第一火曜日に六十本入りのダンボールニ箱をペリカン便で送ってもらうことにしている。ブス、ブ男。ブ男。ブス。ブ男。ブス。ブス。ブス。ブ男。ブス。ブ男。男のブスはブ男だ。女のブ男がブスなのではない。女はブスがブスとして自立している。ブスはブスをバネにしてブスを東西南北にずらすことができるが、ブ男のつらいのはブ男をバネにしてもブ男が微塵もたじろがないことだ。ブ男はブスよりも自立していないからだ。ブ男。ブ男の私はブ男だ。ブ男の私はブ男だからブ男だ。自分のブ男さを忘れようとカントの純粋理性批判を読んでも却って脳ミソからにじり寄る妬み、嫉み、自己顕示欲の素をつくり出すフェミナロンの圧力で顔がむくむ。ブ男に拍車がかかる。ブ男に拍車がかかる。愛せるが、愛してくれない。ブ男に拍車がかかる。私は東京羊羹を食べる。ブ男の私は東京羊羹を食べる。中途半端なブ男の私は東京羊羹を食べる。タラコ唇。豚並みの鼻の穴。妬み。嫉み。自己顕示欲。ブスは東京羊羹を食べない。愛せるが、愛してくれない。ブ男の私は過去に一度結婚したことがある。愛なき結婚。いや、私は愛していたが女は私を愛していなかった。結婚したからといって同居する必要はないし、結婚したからといってセックスしなければいけないわけではない、と女は言った。結婚ってそんなにつまらないものじゃない、そうでしょ、と女は言い、私がうなずくと、二週間後に女から電話がかかってきて「離婚します」と言われた。あなたを愛していないことがわかったからだと女は言ったが、そういうことは結婚する前にわかっていて欲しいものだ。私がブ男なのに目が眩んでわからなかったのだろうか。東京羊羹を食べる。セックスするとブ男が伝染ってブスになるとでも思ったのだろうか。東京羊羹を食べる。ブ男に拍車がかかる。東京羊羹を食べる。身長百六十九センチ。東京羊羹を食べる。体重七十八キロ。東京羊羹を食べる。頭頂部がやや禿げている。糖尿病。東京羊羹を食べる。ブ男に拍車がかかる。東京羊羹を食べる。