「儀式」石垣りん


母親は

白い割烹着の紐をうしろで結び

板敷の台所におりて

流しの前に娘を連れてゆくがいい。


洗い桶に

木の香のする新しいまないたを渡し

鰹でも

鯛でも

鰈でも

よい。


丸ごと一匹の姿をのせ

よく研いだ庖丁をしっかり握りしめて

力を手もとに集め

頭をブスリと落すことから

教えなければならない。


その骨の手応えを

血のぬめりを

成長した女に伝えるのが母の役目だ。

パッケージされた肉の片々(へんぺん)を材料と呼び

料理は愛情です、

などとやさしく諭すまえに。

長い間

私たちがどうやって生きてきたか。

どうやってこれから生きてゆくか。